中部大学 准教授
関山健治先生
沖縄大学専任講師、准教授を経て、2014年から中部大学准教授。専門は英語辞書学・応用言語学。
【辞書コラム㉘】辞書の使い方
#中級
今回は、『ジーニアス英和辞典』、『ウィズダム英和辞典』、『オーレックス英和辞典』などの高校上級向け英和辞典を使っている皆さんの2冊目の英和辞典として最適な『コンパスローズ英和辞典』をご紹介します。
私が高校に入学して初めて買った英和辞典が『ライトハウス英和辞典』(研究社)でした。当時は紙の辞書しかありませんでしたので、引いた単語の前後に出ている語も自然と目に入り、教科書で英語を学んでいては出会う機会がないような楽しい例文がたくさん載っている辞書に夢中になったのを覚えています。
『コンパスローズ英和辞典』は、『ライトハウス英和辞典』の前身である『ユニオン英和辞典』からの50年以上にわたる伝統を受け継ぎ、高校生だけでなく、社会人になってからも使えるように収録項目数を大幅に増やして2018年に刊行された辞書です。最新の情報を盛り込む一方で、最近の英和辞典ではあまり見られない遊び心満載の例文も豊富に収録されています。たとえば、
The quick brown fox jumps over the lazy dog.(アルファベットすべてが含まれた文)
What’s the longest word in English?(なぞなぞ)
Was it a cat I saw?(回文)
May I have a large container of coffee?(語呂合わせ)
のような例文は、高校生だった頃に『ライトハウス英和辞典』を引いていて見つけた文ですが、『コンパスローズ英和辞典』でもそっくりそのまま収録されています。DONGRIの『コンパスローズ英和辞典』をお使いの方は「例文を調べる」モードで検索してみてください。
辞書は新しいほうがいいのは言うまでもありませんが、『コンパスローズ英和辞典』は新しさに加え、日本の高校生向けの英和辞典の中ではもっとも歴史のある辞書の伝統を受け継いでいるという点で、ほかの辞書にない個性が感じられます。
最近の英和辞典は、文法や語法に関する記述が多く、英語そのものをより詳しく理解することができます。『コンパスローズ英和辞典』も例外ではなく、後でお話しするような単語の意味のイメージ図やマッピング表など、ほかの辞書に見られない説明がされています。
一方で、『コンパスローズ英和辞典』は、単語が持つ文化的な情報や英語圏での習慣など、英語が使われている背景に関する説明も非常に詳しくなっています。
たとえば、bedroomを引いてみてください。bedroomが「寝室」という意味であることは皆さんも知っているでしょうから、わざわざ辞書で調べることはないかもしれません。このような、中学校で習うような日常的な単語でも、単語の意味を載せるだけでなく、様々な情報が出ています。まくらや洋服ダンス、鏡台などは皆さんの寝室にもあると思いますが、英語で何と言うかを知っている人は少ないのではないでしょうか?
『コンパスローズ英和辞典』では、このような図版だけでなく、「参考」というラベルをつけて、英語圏の文化に関する説明を豊富に収録しています。
ここからも、英語圏では、寝起きや洗面といったプライベートな行動と、家族が集まって食事をするというパブリックな行動とは線引きがはっきりしていることがわかります。伝統的な日本の家では、洗面所のそばにダイニングキッチンがあることが多く、起床して寝間着のままで朝食を食べることも珍しくありませんし、日本の旅館では浴衣のままで食堂に行くことも許されていますが、洋式のホテルなどでは、部屋の外に出るときは着替える必要があることも、ここからわかりますね。
最近では、英語の授業は英語を使って行うことが増えてきましたが、私たちの母語である日本語を活用することでより英語が理解しやすくなります。『コンパスローズ英和辞典』では、「日英」という注記で日本語と英語の比較を詳しく説明しています。たとえば、fingerを引いてみてください。
日本語では、片手の「指」は5本ですが、英語で指を数えるときは親指(thumb)は含まれないということが分かります。
また、日本人がイメージしにくい英語圏独特のジェスチャーは意味とともに図を載せていますので、ホームステイや語学研修などで英語圏の人と接するときに役立ちます。たとえば、試験やプレゼンテーションなどの前に友人を励ますときに、英語母語話者は人差し指と中指を重ねるしぐさをすることがありますが、このようなジェスチャーは説明を読むよりも図を見たほうがわかりやすいですね。
このように、『コンパスローズ英和辞典』は英語自体の情報に加え、母語である日本語の知識を活用した文化的な説明も豊富で、「日本人に優しい」英和辞典の一つと言えます。
私が高校生だった頃、capitalという語を覚えるときに、なぜ「首都」「大文字」「主要な」「死刑の」「資本」と言った様々な意味があるのか、よくわかりませんでした。「首都」が「主要な」都市であるとか、大文字は目立つので「主要な」文字なのだろうということはわかりましたが、死刑という例外的な刑罰がなぜ「主要な」と結びつくのか、ピンときませんでした。
当時使っていた『ライトハウス英和辞典』では、多義語の意味の流れが次のような図になっていて、capitalはもともと「頭の」という意味だったことがわかりました。文の「頭」は大文字で始めるから、capitalに大文字という意味があるとか、生命にかかわるので「死刑」の意味が生まれたということを知り、それまでは苦痛だった多義語を覚えることが楽しくなったのを今でも覚えています。
『コンパスローズ英和辞典』でもこのような図が豊富に収録されていて、単語を効率よく、忘れにくく覚えるための様々な工夫がされています。
さらに、『コンパスローズ英和辞典』ならではの特徴として、基本的な動詞や前置詞のイメージを図で示していることがあげられます。たとえば、onとoverはどちらも「上に」という意味がありますが、図で比較すると明らかに違いがあることがわかります。
このように、図や表といった情報はスペースをとることもあり、昔の辞書では敬遠されることが多かったのですが、『コンパスローズ英和辞典』はその前身である『ライトハウス英和辞典』などの伝統を受け継ぎ、目で見てすぐに理解できる辞書になっています。
『コンパスローズ英和辞典』は、文法や発音、構文などに関してちょっとした参考書も顔負けの付録を載せていることが類書にない大きな特徴です。中でも、DONGRI版の「つづり字と発音解説」は、電子辞書版のメリットをフルに活かし、冊子版の文字や図による解説に加え、英語音声学の専門家による解説音声と、英語母語話者による発音を収録しています。
辞書の単語に音声がついている辞書アプリは珍しくありませんが、付録の発音解説にのべ数十分もの音声を載せている辞書は例がありません。
一昔前であれば、英語母語話者の肉声音声は「貴重品」で、カセットテープやCDの教材1つで何千円もするものは珍しくありませんでした。DONGRI版の『コンパスローズ英和辞典』では、市販の発音練習教材に匹敵する分量の音声が収録され、いつでも、好きなだけ「生の英語」の音声を聴くことができます。
今までお話ししたように、『コンパスローズ英和辞典』は他の上級レベルの英和辞典とはひと味違ったユニークな個性を持っています。最新の英語の動向が反映されていることはもちろんですが、最初にふれたなぞなぞや回文といった、生の英語を集めたコーパスには出てこないような、英語学習が楽しくなる例文や記述が豊富に収録されています。最新の商品が何でも手に入る大型スーパーと、何十年も営業を続け、かゆいところに手が届くサービスで常連さんが集まる下町の商店街の両方を備えた辞書として、とくに英語が好きな高校生の皆さんや先生方の2冊目の英和辞典として使ってみてはいかがでしょうか?
中部大学 准教授
関山健治先生
沖縄大学専任講師、准教授を経て、2014年から中部大学准教授。専門は英語辞書学・応用言語学。
著書に『辞書からはじめる英語学習』(2007年、小学館)、『英語のしくみ』(2009年、白水社)、『日本語から考える!英語の表現』(共著、2011年、白水社)、『英語辞書マイスターへの道』(2017年、ひつじ書房)などがある。
執筆・校閲者として『ウィズダム英和辞典(第3版)』(三省堂)、『プログレッシブ英和中辞典(第5版)』(小学館)、編集委員として『ベーシックジーニアス英和辞典(第2版)』などを担当。