名古屋市立工芸高等学校は、電子機械科・情報科・建築システム科・都市システム科・インテリア科・デザイン科・グラフィックアーツ科の7つの学科からなる工業高校。若年者ものづくり競技大会や技能五輪全国大会などに出場し、優秀な成績を修めている。多くの卒業生がエンジニア、デザイナーなど企業の第一線で活躍している。
同校は2021年秋に「音読アプリQulmee」を1・3年生へ試験的に導入し、2022年度は1年生280名がQulmeeを利用している。 今回は昨年3年生の英語を担当していた加藤千恵教諭に、Qulmeeを活用した音読指導についてうかがった。
授業時間の不足を補うため、自宅学習でQulmeeを利用
『英語と音声を近づける』ことを目標に
名古屋市立工芸高等学校を卒業した生徒の進路は大学や専門学校への進学、就職など多岐にわたる。3年生の2学期にはほとんどの生徒の進路が決まっているため、生徒の学習に対するモチベーションを維持させることが、校内共通の課題となっていた。 また、同校は工業高校ということもあり、普通科高校に比べ英語の授業回数が限られている。英語を苦手と感じている生徒も多い。
なかでも加藤教諭が問題意識を持っていたのは、生徒の「英語と音声の乖離」である。過去に英語のパフォーマンステストを行ったところ、英語のスペルをローマ字読みする(ateを「アテ」と読む)など、生徒の発音と実際の英語の発音があまりにもかけ離れていることに気づいた。
そこで2学期から卒業までの半年間で、少しでも英語らしい音で読めるようになることを目標とし、授業に音読活動を取り入れたいと考えた。しかし、限られた授業回数では、音読活動に時間を割くのは難しい。そこで、自宅でも音読が可能なクラウドサービス「音読アプリQulmee」を導入することに決めた。
■目標(実践報告書から抜粋)
本校では英語に対して苦手意識を持っている生徒が多く、全体的に生徒の音声への意識が非常に低いのが特徴である。今は単語と英語の音がかけ離れており、仮に英文を正しく書けたとしても意味が通るようには読めない生徒が多数という状況である。英語学習において音読の効果というものは絶大で、授業にぜひ組み入れたいという気持ちはあるものの、現状では多くの時間を割くことができない。そこで自宅で学習することができるクラウドサービスを利用し、英文と音声を少しでも近づけることを目標とした。
「先生に褒められるのが嬉しい」一つの課題を50回練習する生徒も
音読練習を重ねるにつれ、英語の発音に対する意識が変化
■学習の内容(実践報告書から抜粋)
①週に1回を目安に、テキスト本文を段落ごとに課題とした。英文を読む意識、リズムやイントネーションといった日本語とは異なる要素を1か月程度練習。
②テキスト本文に関連する内容を発展的に理解させるためにリサーチ課題を与え、その成果を英文で作成。
③数回に及ぶ英文の直しの後、その英文をQulmeeに入力させ、発表に向けて2週間程度練習。
④暗記の上、AETに発表し質疑応答。
⑤振り返り
初めのうちはテキストの文章を1段落ずつ音読課題として配信。1段落という短い単位から始めることにより、徐々に英語の音声に慣れさせたという。
1か月ほど段落単位の音読に取り組ませた後、生徒が作成したスピーチ文をQulmeeで練習する活動を行なった。Qulmeeの「自己学習」という機能を利用すれば、生徒自身が英文を入力し、その英文の音読練習が可能となる。録音した音声を教師に提出し、フィードバックを求めることも可能だ。
Qulmeeの「自己学習」機能
英文/和文/非表示の切り替えにより、
さまざまな練習パターンができる。
生徒には週1回のペースで録音を提出させた。教師からのアドバイスを次回の課題に生かせるよう、フィードバックは毎回必ず行うようにした。
Qulmeeでは、点数による評価(3~10段階で選択可能)や、音声入力による評価ができるが、同校では3~4行のテキストでコメントを残していた。“カジュアルな口調で、褒めながらも、次に繋がる具体的なアドバイス”を心がけたという。「先生に褒められたのが嬉しくて頑張った」という生徒もいた。
Qulmeeの評価画面
点数による評価、テキスト/音声による評価が可能。評価結果は生徒に通知される。
教師からのコメント(例)
・上手に単語は読めていますが、ところどころ日本語のリズムになっています。lakeのaにアクセントを置くことを意識するだけで一気に英語らしくなりますよ。
・長短やリズムを意識して読めていますね。リズムを意識しすぎると音がつぶれてしまいます。基本は1語1語読んで、その上で長短やリズムを付けるようにしましょう。
下のグラフは、11月の課題の練習回数と、12月の課題の練習回数をアンケート調査した結果である。最終的に、85%以上の生徒が10回以上練習して本番に臨み、中には50回以上も練習する生徒もいた。先生からの具体的なアドバイスを受け、一人一人が発音の改善に努めた様子がうかがえる。
1つの課題に対して音読練習をした回数
課題が出されるにつれ、練習する回数が増えたことが分かる。
多くの生徒から「これまでの英語の授業の中で一番楽しかった」という声
生徒の音声に対する意識の変化が予想を大きく上回り、加藤先生は驚いたそうだ。
Qulmeeを導入する前は、生徒にスピーチテストの感想を聞くと「先生が怖かった」「本文の暗記が足りなかった」といった淡白なコメントが多かった。しかし、Qulmeeの導入後は「練習ではリズムをあれだけ気を付けていたのに、本番で思うようなリズムで話せなかった」や「発音が上手くいかなかった」など、コメントの質が向上し、自分の発音を客観的に評価する力が身についたという。
■成果(実践報告書から抜粋)
練習を重ねた生徒ほど自信をもってインタビュー試験に臨むことができていた。
リズムやイントネーションに意識がいくようになり、人に伝わることを重視して英文を読むようになった。インタビューテストや発表に対する恐怖心がやや低下し、逆にそれらに向けての活動を楽しんでいた。 2学期末は単独でのインタビューテストであったが、3学期はグループでのスキット発表という形式にした。生徒は自分たちの書いた英文を暗記し、さらにそこに感情をのせ、他の生徒に理解してもらえるように創意工夫をしていた。今までであれば英語への自信のなさが前面に押し出され、インタビューテストに対しては恐怖心や、緊張しか訴えてこなかったが、「初めて英語が楽しいと思った」と多くの生徒がコメントを残した。音声面での練習からくる生徒の変化には目を見張るものがあった。
最後に、2・3学期中に行われたQulmeeを使用した授業について、生徒達にアンケートを実施した。スピーチテストの感想と同様に、発音に対する具体的なコメントが多く、自分の発音に向き合ったからこそ出てくる感想も散見された。
■生徒からのコメント(例)
・ただ音読をするだけではなく、その言葉の意味を理解して読もうという意識が出来るようになった。
・自分の音声とお手本の音声を聞き比べると、今まで発音できていると思っていたものが全然出来ていなかったことに気づかされた。
・意味のまとまりを意識して音読を繰り返した結果、音のつながりやリズムに慣れてリスニング力も上がった。
音読活動を主体的に取り組むために
新年度の授業では、Qulmeeを使い始める前の事前指導に力を入れた。「発音」「アクセント」「リズム」のポイントが視覚的に分かるワークシートを用意し、授業中に音読練習を行う。その後ディクテーションを行い、「読める」から「聞き取れる」ことを体感させたという。
加藤教諭は「1時間すべて音読指導に充てる日を設定し、時間をかけてでも音読の効果を実感させられたことが、その後のモチベーション維持に繋がった」と話す。
実際に授業で使用したワークシート
発音を強弱だけで伝えるのでなく、長短やつながりなども解説する。
現在は、平日に配信された課題を、週末までに提出する習慣が定着している。家で勉強する習慣がなかった生徒も、Qulmeeの課題となると確実に取り組むようになったという。加藤教諭は最後に、「生徒が主体的に取り組めるツールとして、今後も活用していきたい。」と述べた。