東京都立八王子盲学校は、創立90年を超える歴史ある多摩地区唯一の盲学校です。幼稚部、小学部、中学部、高等部(普通科・保健理療科・専攻科理療科・専攻科保健理療科)が設置される総合校で、幼稚部から成人まで幅広い年齢の方が在籍しています。「継承」「精選」「希望」をキーワードに掲げ、視覚障害に対応したより高い質の指導を通じて、一人一人の自立と社会参加を実現することを目指しています。
同校は、令和4年度「音読アプリQulmeeモデル校」に応募し、2学期と3学期の約半年間、小学部第6学年と中学部第2学年で、Qulmeeを活用した授業の実践を続けました。今回の実践で中心的な役割を果たした江浦孝弘先生による実践報告書を紹介します。Qulmeeの監修者でもある京都外国語大学・短期大学 安木真一教授からの質問に江浦先生が答える「Q&A」もあわせてご覧ください。
4技能5領域をバランスよく伸ばすための音読指導
~音読アプリQulmeeによるクラウド型学習を活用して~
GIGAスクール端末が全員に配備され、また持ち帰ることもできるようになったことから、外国語教育にもICTを有効に活用し、学習していく方法を模索していたなか、音読アプリQulmeeについて知った。
Qulmeeの最大の利点は、音声でフィードバックできることであり、視覚障害のある児童・生徒にとって、文字に頼らず教師からのコメントを聞くことができる。また、辞書アプリのDONGRIとも連携でき、学習の手助けになる。これまでの市販の辞書では文字が小さすぎて拡大読書器や電子ルーペなどを使って調べなければならなかったが、DONGRIでは、GIGAスクール端末や児童・生徒のパソコン、タブレット端末などを辞書として活用でき、文字の大きさも自由に調整できるため、視覚に障害のある児童・生徒にとっても問題なく利用できる。また、Webブラウザで利用できるため、全盲の生徒であっても、タブレット端末のアクセシビリティである「読み上げ機能」を使って操作し、課題に取り組むことができる。アプリ版だと読み上げないものもあるので、ウェブブラウザ上で利用できる点も、このたびのトライアル応募の決め手となった。
英語学習において、4技能5領域を身につけることが大切であり、そのためには、音読を中心とした学習が有効であることが、さまざまな研究から証明されている。本実践は、音読アプリQulmeeを活用し、英語教育における4技能5領域をバランスよく伸ばしていくことを目的に行った。
小学部第6学年の実践
■単元の目標
新学習指導要領では、第5学年から文字指導が行われるようになった。第6学年になると、教科書にはある程度まとまった英文も出てくるが、身近なものの名前であっても、単語レベルを読むのが精一杯の児童が多い。そこで、Qulmeeを活用し、教科書レベルの英文をたくさん声に出して読み、英語で伝え合うことができることを目標にして取り組んだ。
■指導上の工夫
教科書の英語表現だけに限らず、児童にとって身近な表現を取り入れ、Qulmeeの課題とした。また、Qulmeeの音読課題と連携したワークシートも作成し、「書くこと」の学習とした。
■実践の内容
・学習の内容
教科書のそれぞれの単元目標に沿った内容で行った。
・児童のよる活用
授業で学習したことを自宅で復習し、復習したこと(既習事項)を活用して、授業で友達や教師とやり取りすることを繰り返した。小学校の教科書は、第6学年であっても「聞くこと」「話すこと」が重要視されているためか、教科書はイラストや写真が中心で英語の記載は少ない。そこで、「Let’s Chats」や「Let’s Listen」などのデジタル教科書コンテンツのスクリプトなどもQulmeeで取り組めるようにした。月に2回ほど、1回に五つくらいの音読課題に取り組んだ。
また、辞書を活用して学習する習慣を身につけられるように、DONGRIを活用した調べ学習にも取り組んだ。DONGRIのサイトからワークシートもダウンロードできるが、オリジナルのものを作って使った。
・教師の指導・留意点
最初の1か月は、1文であってもできるだけ「ポーズ」を入れて、意味のまとまりを意識できるようにした。例えば、What time do you get up?では、What timeの後にポーズを入れ、What timeと、その後のdo you get up?の二つのまとまりを意識できるようにした。児童が慣れてくるにつれ、文中のポーズを少なくしていった。また、課題も最初の2~3か月は、1文ずつ課題を出したが、その後は、2~3文程度の「文章」で出すようにした。テキストのコメント欄はGood Job!やGreat!など短くコメントし、必要に応じて意識してほしいポイントを音声でコメントした。音声でのコメントは、英語に親しむことも意識し、できるだけ英語でのコメントを心がけた。以下に例を示す。
「Hi, ○○さん! Good job!」
「What time do you get up? ― I get up at 6:30. How about you?」
■実践の成果
文字への抵抗が大きく減った。デジタル教科書の映像コンテンツで英文字幕をつけると、Qulmeeで学習する前は、文字を見ることが少なかった児童も文字で意味を確認するようになった。また、授業で学んだことを声に出して表現する場面が増え、友達や教師との英語でのやり取りの活動がスムーズに行えるようになった。
中学部第2学年の実践
■単元の目標
実用的な英語を使いこなすためには4技能5領域をバランス良く伸ばしていくことが大切であり、生徒にもこれまで英語学習で音読がとても有効であることを伝え、課題にも出していた。授業では、デジタル教科書で音声を聞き、教員が話した後にリピートすることをくり返し行ってきたが、教科書の英文をすらすら読む段階ではなく課題意識を感じていた。
特に、教科書のテーマであるAIテクノロジー、フードロス、世界遺産とその保護など、幅広い話題について、英文の内容理解で終わってしまい、テーマについて英語で意見を交わす場面少なかった。そこで、Qulmeeを活用し、音読を学習の中心に据え、教科書の内容をより深く学び、英語で世界に飛び出すことを目標にして取り組んだ。
■指導上の工夫
教科書のテーマに沿いながら、ALTとの授業では、事前に発表する内容をQulmeeで取り組めるようにした。また、DONGRIの辞書機能も活用し、例文を参考にして、生徒自身のことについて、英語で書く活動も取り入れた。
■実践の内容
・学習の内容
教科書のそれぞれの単元目標に沿った内容で行った。
・生徒による活用
授業では、デジタル教科書で音声を聞き、英文をしっかり音声でたどりながら確認し、音読を行った。英語の質問に対して、英語で答えられるように、自宅での音読学習としてQulmeeの課題にも取り組んだ。Qulmeeは2学期から使い始めたが、2年生の教科書本文すべてと、ALTとの学習で必要なスピーキング(発表)課題にも取り組んだ。また、冬休み中は、リーディングを中心とした教科書以外の課題にも取り組んだ。
・教師の指導・留意点
小学部と同様、最初の1か月程度は、細かく「ポーズ」を入れて、意味のまとまりを意識できるようにした。また、英語の語順で意味を捉えることができるようにQulmeeで表示される日本語を「ポーズ」に合わせて並べかえた。例えば、She felt sorry for him because he looked very hungry. という文では、becauseの前に「ポーズ」を入れ、日本語訳の表示は、「かわいそうに思ったのです。/少年がとてもお腹をすかせた様子だったので,」とした。
評価は、文字によるコメントと音声録音によるコメントの両方で行った。読み間違えた語彙などをコメント欄に記入し、意識してほしいポイントや文法と表現上の補足説明などを音声でコメントした。小学部とは異なり、授業で伝えきれなかった点や十分に身についていない表現などを、音声コメントにして生徒が聞けるようにした。
■実践の成果
教科書をすらすら読めるまでとはいかないが、読むことが苦手な生徒が、ある程度の英文を読んで理解できるようになったことで、教科書のテーマをより深く学ぶことができた。以前は、文章の内容把握や文法項目の習得が中心であったが、教科書のテーマについて、英語で考える学習ができるようになった。
リーディングでの効果としては、文字と音声の対応ができるようになっただけでなく、ネイティブらしい発話ができるようになってきた。例えば、When I watch TV, の読み方が「フェン・アイ・ワォッチ・ティーブイ」から「ウェナイ・ワァッチ・ティーヴィー」と単語を続けて発話できるようになった。
リスニングは最も効果が現れた。2学期末には、全員が英検4級のリスニング問題で7割以上の点が取れるようになった。スピーキングでは、英語の質問に、英語で答えられる場面が増えた。ALTとの授業でも、ある程度まとまった英文を話すことができるようになってきた。
実践を振り返って(課題)
■指導者として
Qulmeeの中に発音判定の機能があることは授業内でも取り上げ、使い方などを指導したが、実際どの程度、児童・生徒が使っていたか把握できていない。また、自己学習機能も授業内で取り上げたが、英作文などの課題と連携して行っても良かった。
また、本校には視覚障害の英語教員も複数おり、トライアル期間では、目の見える教員が、一人で教材を作り、課題を出していたが、視覚障害の教員も積極的に使えるようにしていきたい。
■視覚に障害のある生徒への配慮
Qulmeeでは、モデルとなる英文を5段階で調整できるが、視覚に障害のある生徒にとっては、音声の速度を「とてもゆっくり」に設定しても文字を追っていけない生徒もいる。トライアル期間中にアップデートしていただき、生徒からも「聞き取りやすくなった」という声もあったが、それでもまだ文字を追っていくことが難しい生徒もいる。生徒にもよるが、標準のスピードの0.5~0.6倍ぐらいの速さであれば、視覚的に視野の狭い生徒でも対応できるので、今後のアップデートに期待したい。
まとめ
都立学校では統合型学習支援サービスが利用でき、クラウド型学習が少しずつ行われている。本校でも一部の教員は積極的に活用しているが、「授業や学習支援で、効果的にどのように使ったら良いのか」と、苦手意識を持つ教員も多い。QulmeeやDONGRIは、「音読」や「辞書」といった目的と機能がある適度限定されている学習支援ツールなので、ICTに苦手意識のある教員でも使えるのではないかと思う。
クラウド型学習という新しい学習スタイルが今後ますます普及していくことが考えられる。視覚障害特別支援教育においても,この分野において、児童・生徒の学習支援ツールとして積極的に進めていきたい。
————————————————————————————————————————————-
Q&A(安木真一先生~江浦孝弘先生)
■小学部第6学年の「単元の目標」について
Q(安木先生)
教科書レベルの英文を声に出して読む部分ですが、最終的に生徒は音声なしで、文字を見て音読ができるようになったとの理解でよいでしょうか。
A(江浦先生)
小学部第6学年に関しては、教科書レベルの英文は、文字を見てほぼ音読できるようになりました。ただし、What sport do you like? のsportがsportsになったり、She lives in Australia. のlivesがliveになったりと、細かい間違いはありました。
■小学部第6学年の「指導上の工夫」について
Q(安木先生)
児童にとって身近な表現とは、例えばどのような表現でしょうか。
A(江浦先生)
例えば、6年生の教科書で取り扱う「将来についてのやり取り」では、
I want to be a detective.
Why do you want to be that?
Because I like Detective Conan.
と、難しい語彙であっても、子どもたちにとって親しみやすいアニメの話題をQulmeeの課題として取り入れたこともありました。
■小学部第6学年の「実践の成果」について
Q(安木先生)
「文字を見ることが少なかった児童も文字で意味を確認するようになった」のは素晴らしい成果だと思います。Qulmeeを使った音読がこの成果に結びついたのでしょうか。
A(江浦先生)
小学6年生の週2時間の授業だけでは、文字指導、特に、正しく英文を読むことを身につける時間が十分確保できないのが現状です。学校で学んだことを、Qulmeeを使って音読した結果、文字への抵抗が少なくなっていったのだと思います。
■中学部第2学年の「実践の成果」について
Q(安木先生)
「読むことが苦手な生徒が(中略)教科書のテーマをより深く学ぶことができた」のは、音読を通じて黙読で英文を読む力が伸び、発展的な活動ができるようになったということでしょうか。
A(江浦先生)
中学部2年の生徒は、中学部1年の時から私が授業を受けもっていますが、入学時は、ほとんど文字が読めない状況でした。「文字が読めない→教員の後に続けて読む」という授業スタイルが続いていましたが、Qulmeeの導入により、授業では、教科書の内容について、英語での質問に英語で答えられるようになっていき、ユニバーサルデザインや世界遺産といった教科書のテーマについて、英語で考える場面が増えました。
Q(安木先生)
「リスニングは最も効果が現れた。2学期末には、全員が英検4級のリスニング問題で7割以上の点が取れるようになった」について。リスニングに効果が出るのは音声練習の成果ですね。従来の学年に比べて伸びは大きいでしょうか。
A(江浦先生)
中学部2年の2学期で英検4級を取得した生徒は、本校では過去10年で初めてです。その生徒は、英検4級スピーキングテストにも楽々合格しました。また、英検を受けていない他の生徒も、2学期の時点で、英検4級合格レベルに達していたと感じています。音読学習による効果が、リスニングだけでなく、語彙の習得、スピーキング、長文読解などにも現れていることを実感しました。
■全体について
Q(安木先生)
全盲の生徒に対しては、どうような指導を行っているでしょうか。指導上の工夫や配慮がありましたら教えてください。
A(江浦先生)
中学部2年生は、全盲の生徒と弱視の生徒が一緒に学んでいます。全盲の生徒と弱視の生徒を分けて指導している学校もありますが、盲学校は生徒数が少ないこともあり、私は分けて指導する必要性を感じていません。私が配慮していることは、デジタル教科書の映像コンテンツを見る際には、必要に応じて状況を説明しています。また、ワークシートは、点字にして課題を出しますが、イラストやグラフ、表のあるものでも、説明を付け加えて作成しています。ただし、点字使用の生徒は、UEBという「統一英語点字縮約」を段階的に学ぶことになりますので、その部分だけは年に数回取り出しで指導しています。生徒によって見え方が違っていたり、または見えなかったりしますが、ともに学ぶことで得られる効果の方が大きいと感じています。