青山学院初等部は、2017年に創立80周年を迎えた歴史ある学校であると同時に、これまでランドセルや通知表の廃止、週5日制の導入など、革新的な取組みに挑戦し続けている学校である。近年ではICT教育を積極的に実践しており、小学3年生~6年生と4学年にわたり音読アプリQulmeeおよび辞書アプリDONGRIを導入している。その活用は授業だけでなく、委員会活動や、その他英語を話す様々な場面に及ぶそうだ。小学校という比較的早い学習段階でありながら、ICT活用が校内で浸透している要因はどのようなものなのだろうか。今回は、情報主任の古川武治教諭、コンピューター担当の井村裕講師、英語科主任の合田紀子教諭、英語科のジョン・ベッチャー教諭に取材を行い、その秘訣を伺った。
自由にアクティブに英語を学べる環境を目指して
2020年、GIGAスクール構想による1人1台端末の環境が小学校でも実現した。コンピューター担当の井村講師は、1人1台化がこれまでの英語の授業形態について考え直すきっかけになったという。
従来は、CALL教室で英語の音読練習や、話す機会を設けていたが、教材の関係で場所が制限されており、もっと自由に、アクティブに活動できる方法はないかと模索していた。そんな中、1人1台端末が始まることもあり、音読アプリQulmeeの導入を決めたという。
「子ども達同士がアクティブに学ぶというところが小学校の英語の良さだと思うので、面と向かって話しやすい教室環境を構築したうえで、しっかりと英語を話したり聞く力を各々で身に着けられたりするものとして、Qulmeeを採用しました」と話す。
井村裕講師
井村講師は1人1台端末の利用を始めた当初から、「英語とデジタルの相性の良さ」を感じており、校内全体のICT活用を英語科に引っ張ってもらいたいという想いから、連携を密に取りながら運用を進めていったという。
英語科で積極的に端末を使った結果、デジタル活用能力も高められた例として「タイピングの習得」という話があった。Qulmeeでは、教師が英語教材を配信する機能の他、生徒が英文を入力して音読練習できる「自己学習機能」がある。同校では、英文を入力する活動を小学3年生に取り組ませたという。
子ども達は日本語入力の仕組みを学習している段階だったが、「まずはキーボードの配置を覚える」という目標設定でコンピューターの授業を行い、そこで得たスキルを使って自分が書いた英文をQulmeeにタイピングする活動を英語の学習で行った。また、その後、コンピューターの授業で実施したタイピングテストで、英語のタイピングにおいては全国以上の水準を記録した。「タイピングができないからQulmeeも操作できない」ではなく、スキルを身に付けながらツールを活用していくという姿勢は、子ども達の新たな可能性を広げる取り組み方であると感じた。
このように、一見レベルの高いと思われる取り組みに次々と挑戦させる同校だが、決してデジタル一辺倒というわけではない。井村講師は、小学生の段階でICTツールを積極的に使わせる理由として、以下のように話した。
「我々としては、アナログもデジタルも使える子に育ってほしい、という想いで取り組んでいます。子どもたちがこれから生活していく中で『この場面では自分にとってどちらが使いやすいか』というのを判断していくことになります。我々はどちらも使わせてあげて、自分自身で取捨選択できる人間になってほしいと考えています」
自宅や授業外活動でも、子ども達が自主的にQulmeeを活用
次に、英語科におけるQulmeeの活用法について、合田紀子教諭、ジョン・ベッチャー教諭、古川武治教諭に話を伺った。
(左から)ジョン・ベッチャー教諭、古川武治教諭、合田紀子教諭
Qulmeeは「授業」「家庭学習」ではもちろん、さまざまな場面で活用されているようだ。
まず授業では、教科書に出てきた英文を配信し、時間を設けて音読練習を行う。各自イヤホンをして、お手本の音声と自分の音声を聴き比べながら、理想の発音に近づけていく。最後に全員で音読する際は、正しい発音が分かっている状態のため、一人一人の大きい声が教室に響いていた。合田教諭は「発音判定が点数として出てくるのが、子ども達にとって嬉しいようです。Qulmeeの練習を楽しい活動として受け止めている子も多いと思います」と話す。
同校では「聞くこと」を重視しており、従来は教科書の音源を自宅で聞けるようCDを用意していた。しかし、家庭によってはCDを聞く環境がないことや、CDを聞いたかどうかを把握できないことが課題だった。Qulmeeを取り入れたことで、合田教諭は「聞くだけで終わらず、音読練習をし、発音の評価までしてくれるので、やればやるほど上達していくという実感が湧き、やりこんでくる子どもたちも多いです」と話す。ベッチャー教諭は「今、どこを読んでいるかが示されるところと、単語1つずつの読み方を確認できるところが非常に助かっています」と話した。
ある児童の自己評価シートには「音声を聞く時、授業内でやったことを思い出しながら、内容を理解しながら聞きました。意味が分かるようになると、英語の授業がもっと楽しくなりました」とあった。日々の授業で学んだ内容について、Qulmeeで音読練習することは、英語の理解を深め、モチベーションの向上に結び付いているようだ。
また、先生が配信した教科書英文だけでなく、「自己学習機能」をスピーチの練習に役立てることもある。「自分で作成した文章が読み上げられるので、あとから原稿を直したいとなったらすぐに修正でき、正しい発音を練習できるのは便利です」と話す合田教諭。子ども達は原稿を入力しながら、大文字小文字やピリオドなど、英語のルールを徐々に掴んでいる様子も見受けられるという。
学習者自身で英文を入力する「自己学習機能」
「自己学習機能」の活用の幅は、委員会活動やグローバル活動にも広がっている。環境プロジェクトでのSDGsの発表や、英語圏の子どもに対する挨拶が必要になった際、Qulmeeで練習を行う。自分の伝えたい英語を調べたい時は、辞書アプリDONGRIと併用しながら原稿を作成しているという。Qulmeeの利用は、先生方から促したわけではないが、「ツールとして使えて、必要だから使う」という姿勢のもと、子ども達が自主的に利用し始めたという。合田教諭はこの状況について、次のように述べた。 「これまでは先生を探して質問しなければならないという環境でしたが、一人で問題解決できている姿が立派だと感じています。これからも、自分が達成したいゴールのために自由にツールを使えるようにするなど、子どもたちが自主的に考えたり創り出したりできる環境を目指していきたいです」
ICTを通じて、子どもの新たな可能性を広げる
合田教諭はQulmeeの利用を通して、「英語に自信を持ってもらいたいというのが一番」と話す。「高学年になると、なかには音読することを恥ずかしく思ってしまい、声が出にくい子どももいます。そういった子にたくさん練習できる機会を与えることで、自信を持って英語を活用してほしいと思います」と話す。
情報科の古川教諭は最後に、ICTを活用した授業に関する考えを話してくれた。
「私たちにも『合う・合わない』があるように、子どもにも『合う・合わない』があると思います。ICTを活用した授業に対し難しく考える先生もいるかもしれませんが、子どもたちの可能性を潰さないためにも、子どもたちに合う教育を模索し、色んな教育方法を実践してほしいと思います」
英語科と情報科の両輪で、校内のICT活用を進めていった青山学院初等部。子ども達の成長段階に沿ったカリキュラムを計画しながらも、個人の自主性を重んじ、子ども達自身が学習スタイルを模索できる環境があった。Qulmeeはそんな学習環境にしっかり根を下ろしているツールと言えるだろう。