【辞書コラム⑳】辞書の使い方

「終わることば」の検索機能で「PC(politically correct)表現」を身につけよう

#上級

画像:「終わることば」の検索機能で「PC表現」を身につけよう

前回のコラムで、DONGRIの「終わることば」モードを紹介しました。単語の先頭部分が分からなくても辞書が引けるのは電子辞書ならではであり、英語の辞書の長い歴史の中でも画期的なことと言えます。

今回は、「終わることば」モードの応用編として、とくに英語を使うときに重要となる「PC表現」について学んでみましょう。

PC (politically correct)表現とは?

PCというとpersonal computer(パソコン)を思いうかべる人が多いと思いますが、言語学ではpolitically correctの略語としてよく使われます。直訳すれば「政治的に正しい(表現)」となりますが、ここでは「差別的でない,妥当な(表現)」と考えると分かりやすいでしょう。

manが「男、男性」の意味であることは皆さんも知っていると思いますが、manには性別に関係なく「人、人間」という意味もあります。世界史で勉強したと思いますが、アメリカ独立宣言(1776)の中にはAll men are created equal.という一節があります。もちろん、ここではmenは男性に限らず、「すべての人は生まれながらにして平等である」という意味で使われています。

このように、とくに古めかしい英語では、「男の人」の場合だけでなく、(男女を問わず)「人」の意味でもman (men)が使われていました。しかし、最近では「男性」の意味を持つmanという語で「男女を含む人間全体」を表すことは性差別であるとされるように考え方が変化してきました。とくに職業名を表す語でmanで終わる語は、別のPC表現で置きかえられるようになってきています。

-manで終わる語を検索し、PC表現を確認してみよう

具体的な例をDONGRIの「終わることば」モードで調べてみましょう。「終わることば」モードでmanを検索してみてください。

『ジーニアス英和辞典』では413件もヒットしました。この中には、Amman、Alabamianのように偶然manで終わる固有名詞やbest man(花婿付添人)などの男性限定の語なども含まれていますので、manで終わる語がすべて性差別につながるわけではありませんが、多くの語は近年では別の語を使うことが好まれます。
辞書によっては、-manで終わる語の代わりにどのような語を使ったほうがよいかを補足しているものもあります。

manで終わる語の中から、motorman(電車などの運転士)を見てみましょう。

ジーニアス英和辞典では、「《PC》」というラベルの後に、性差別を避ける語(driver)が示されています。なお、辞書によってラベルの表記は違います。たとえば、ウィズダム英和辞典では((男女共用))、オーレックス英和辞典では[中立]のようなラベルで示されています。PC表現が示されているのは重要度の高い語に限られますが、皆さんが英語を話したり、書いたりするときに必要な語のほとんどには記載されていますので心配ありません。

同様に、cameraman(カメラマン)、chairman(議長)、doorman(ドアマン)、fireman(消防士)、spokesman(スポークスマン)も検索し、それぞれの語のPC表現を確認してみましょう。なお、cameramanのように、語によっては《PC》のようなラベルをつけないで、カッコ書きで中立的な語を示したり、chairman、 firemanのように、 語法注記で詳しく説明しているものもあります。

-essで終わる語を検索し、PC表現を確認してみよう

PC表現のもう一つの例として、女性を表す名詞を作る-ress、 -dessを「終わることば」モードで検索してみましょう。

この中から、actress(女優)、waitress(ウエイトレス)、stewardess(スチュワーデス)を検索し、それぞれのPC表現を確認してみましょう。

actressには《PC》のラベルはありませんが、「《◆最近では男女共に actor ということが多く、 また女優自身も自らを actor と称することが多い》」と説明されているように、actorが性別に関係なく使える中立的な語となってきていることが分かります。

waitressの場合は、「《PC》waiter, waitperson, waitron, server」とあるように、-ressをつけないwaiterに加え、waitperson, waitron, serverといった、独自のPC表現もあります。

一方、 stewardessには、それぞれ「《PC》flight attendant, service attendant)」とあることからも分かるように、flight attendantという、男女に関係なく使える別の語が主に使われています。男性の客室乗務員は、昔はstewardと呼ばれていましたが、今では女性同様にflight attendantを使うのが一般的です。stewardを辞書で引いてみてください。

単語ごとに違うPC表現を意識して、お互いに気持ちよく感じる英語を学ぼう

このように、PC表現は単語によってさまざまです。actor, waiterのように、男女に関係なく、性別に関係する接尾辞をつけない形を使う場合もあれば、flight attendant, driver, fire fighterのように、男女共通に使える別の語を使うこともあります。さらには、chairperson(議長)のように、-manや-womanの代わりに-personを使うことで中立的な言い方をする語もあります。

差別に関する意識は、この数十年で急速に変化してきていますので、一昔前なら全く問題にならなかった表現が今ではタブー視されることもあります。DONGRIに収録されている辞書は、そのようなことばの変化を敏感にとらえ、可能な限りの最新動向を反映させるために頻繁に改訂されていますので、とくに英語を話したり書いたりするときはPC表現に関する記述に注意して、不用意に相手を傷つけたり、不快な気持ちにさせることがないようにしたいですね。

この記事の執筆者

関山健治(せきやま けんじ)先生写真

中部大学 准教授

関山健治先生

沖縄大学専任講師、准教授を経て、2014年から中部大学准教授。専門は英語辞書学・応用言語学。

著書に『辞書からはじめる英語学習』(2007年、小学館)、『英語のしくみ』(2009年、白水社)、『日本語から考える!英語の表現』(共著、2011年、白水社)、『英語辞書マイスターへの道』(2017年、ひつじ書房)などがある。

執筆・校閲者として『ウィズダム英和辞典(第3版)』(三省堂)、『プログレッシブ英和中辞典(第5版)』(小学館)、編集委員として『ベーシックジーニアス英和辞典(第2版)』などを担当。

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