萓 忠義先生
(かや ただよし)
学習院女子大学 教授。学習院女子大学 語学教育センター長。応用言語学博士(Ph.D. in Applied Linguistics)。
新入生が抱える2つの課題とは?
語彙力に関する前回のコラムに続き、今回は大学1年生の英語の「文法力」にスポットを当てて詳しく考察していきます。文法は、英語活動をする上での骨組みの役割を果たすもので、正確かつ自然なコミュニケーションを行うためには不可欠な要素です。しかしながら、文法力が不足した状態で入学してくる新入生は少なくありません。
多くの英語教員から、「最近の学生たちは、多少のコミュニケーションはできるものの、正確に意思疎通を行うための文法的基盤が脆弱である」という声がよく聞かれます。私自身も大学で教鞭を取る中で同様のことを感じることが多く、その原因や背景、そして解決策を模索してきました。今回のコラムでは、学生が英文法のどの部分に問題を抱えているのか、文法的な障壁を乗り越えるためにはどのようなサポートや学びが求められるのかについて、具体例を交えてお伝えできればと考えています。高校の先生方や英語教育に関わる皆さんにとって、参考となる情報を提供できれば幸いです。
大学に入学した学生を指導する中で、顕著に感じられる2つの文法の弱点をご紹介します。
1つは、(1) 定冠詞の使用方法です。多くの学生は定冠詞「the」に関して基本的な知識は持っていますが、深い理解が不足しており、大学での英語の授業や活動での問題が生じることがよくあります。また、(2) 可算名詞・不可算名詞についての理解も浅いと言えます。名詞をいつ可算名詞として扱い、単数形や複数形にするのか、またいつ不可算名詞にして冠詞を省くのかを理解していないため、非文法的な文章を書いてしまうということがよく見受けられます。以下では、これら2つの課題について、具体的にその内容を探っていきます。
日本の英語教育において定冠詞は難敵として捉えられており、the という定冠詞の正確な使い方を十分に理解していない学生が非常に多いと感じられます。多くの大学生は、「the は既出のものが2回目に出てくるときに使用する」や「the はこの世に一つしかないものに使用する」といった基本的なルールは身に着けているようですが、それ以外の使用に関する細かな知識が不足しているのが現状です。高校時代で学習するこれらの基本ルールは英語を使用する上で必須ですが、それだけでは不十分であり、さらに細かな内容を学習する必要があります。以下では、大学で英語を勉強する上で、最低限これだけは押さえておいてほしいと思う定冠詞のルールをご紹介します。
まず覚えていただきたいのが、自然の地理的な要素には the を付けることが多いということです。海洋、河川、運河、砂漠、群島、山脈、半島、海峡、峡谷などには定冠詞が必須となります。例えば、the Pacific Ocean(太平洋)、the Hudson River(ハドソン川)、the Sahara Desert(サハラ砂漠)、the Grand Canyon(グランドキャニオン)にはすべて the が付いています。これだけを見ると、地理的要素にはすべて定冠詞をつければよいのだと思いがちですが、実はそうではありません。山脈には the が必要とされるのに対して、山(連ならない単体の山)には the が付きません(例:Mount Fuji)。また、河川には the を付けるのに対して、湖や池には the を付けないのです。このように見ると複雑に感じるかもしれませんが、「基本的には自然の地理的な要素には定冠詞をつけるが、その例外として、山、湖、池などがある」と覚えておけば、大学に入ってもさほど困ることはありません。
次に、地理的なものであっても人工的な要素には定冠詞を付けないということも重要です。例えば、駅、空港、公園、城などには the は使用しないのが基本です。しかしながら、高校で学んだ知識に基づいて、例えば、「東京駅はこの世に一つしかないので the が必要でしょ」と思ってしまい、* the Tokyo Station としてしまう学生が多いのです。正確には、Tokyo Station のみで定冠詞が付かないのが正しい表記となります。
さらに、国名に関しても間違えて覚えてしまう学生が多いのです。「国名には冠詞を通常つけません」というルールを鵜呑みにしてしまい、アメリカやイギリスの国名に the を付け忘れることが非常に多いのです。この2つの国名は日本人学習者の使用頻度が非常に高い国名なので、注意が必要となるのです。正式には the United States of America the United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland となり、the が必要となります。国名の略語にも、the United States, the States, the U.S. や the U.K. など定冠詞をつけなくてはなりません(タイトルなどでは冠詞が省略されることもあります)。これは、合衆国、共和国、王国には国名であっても the を付けるというルールがあるからです。上記の2国に比べるとマイナーですが、例えば、フィリピンは the Republic of the Philippines(最初の the は共和国に必要なもので、2番目の the は群島に必要な地理的要素の the です)、メキシコは the United Mexican States となり、必ず the が必要です。
また、公共の建造物 (e.g., the Smithsonian American Art Museum: スミソニアン・アメリカ美術館)や新聞・雑誌名(e.g., the New York Times: ニューヨーク・タイムズ紙)にも冠詞を付けます。冠詞の使い方には、この他にもたくさんのルールがありますが、ここで取り上げた知識を頭に入れるだけでも、大学で学ぶ英語活動の大部分でミスの少ない表現ができるようになります。
文法に関する2つ目の問題点は、名詞を学習する際に可算・不可算を意識せずに学習している点です。「数えられないもの、例えば、液体、粉末、気体などは、不可算名詞となり、不定冠詞の a/an を付けなくてよい」と理解していても、それ以上の知識を有していないことが原因となって生じる問題です。
液体を表す名詞であっても、グラスなどの「容器」に入っていると可算名詞となりますし、違った「種類」の液体が存在するときにも可算名詞になり複数形になることがあります。例えば、I ordered three beers. という文では、「(ジョッキなどに入った)3杯のビールを注文した」となり、複数形になります。この場合は「容器」に入っていることが重要になります。また、Could I see the list of wines? では、違った「種類」のワインが記載されているリストなので、こちらも可算名詞になり、複数形になるのです。レストランのメニューで Drinks と複数形で書かれているのも同じ理由です。
また、液体の「代名詞」とも言える water でさえ、複数形になり waters という表現になることもあります。これは、The waters of the Pacific Ocean are vast and deep. などの例文に現れるもので、「水域」の意味になるときに、water が複数形になって waters になるのです。物質名詞の水が区切られ、さまざまな「種類」の区画が存在することになるので、複数形になります。
この他に、同じ単語であっても可算名詞になる場合と不可算名詞になる場合がある名詞もあります。「食物」を表す food は物質名詞で、不可算名詞しかないと思いがちですが、foods という表現もあり、可算名詞の food も存在します。可算名詞で使用される場合は、「食物」というニュアンスから少し離れて、一つ一つの形がある「食品」という意味になるのです。同じ単語であっても、food のときには食料や糧という意味になり、foods という場合には製品としての食品になるのです。
ここまでの説明を読むと、「可算・不可算の区別があるのはわかるが、意味の違いはほぼないので、意味に支障をきたさなければ問題はない」と思われる方もいると思います。しかしながら、この基本的な区別ができていないと、以下の例文のように、意思疎通に支障をきたす場合があります。
I like dogs. (可算名詞として、個々に区別できるdog)
I like dog. (不可算名詞として、個々に区別できない状態のdog)
最初の文では、複数形で書かれているので「私は犬(全般)が好きです。」という意味になります。一方、2番目の文は、「私は犬の肉(個々の判別ができない状態の犬)が好きです。」という意味になり、欧米人が耳にすると非常に残酷な表現になってしまいます。この例は多くの日本人の学生が犯す間違いで、可算・不可算の区別を意識せずに単語を覚えてしまっていることに起因するものだと言えます。
日本の大学生が文法について抱える問題点として、本コラムでは、「定冠詞の使用法」と「可算名詞・不可算名詞の区別」について取り上げ、詳細にそれらの問題点を説明しました。次に、この2つの問題の背景にある要因およびその対処法について言及したいと思います。
まず定冠詞 the に関する問題ですが、おそらく高校における授業において、教員側が「the の使用法については奥深く、難易度が高いので、自分の生徒たちにはまだ早い」と思ってしまっていることが原因だと考えられます。英文法書籍において、定冠詞の説明が多岐にわたっているため、高校の授業ですべてを網羅する余裕がなく、生徒たちも全てを把握するのが難しくなっているのでしょう。
しかしながら、定冠詞は重要な文法要素であり、その頻出度はかなり高いと言われています。20世紀の英語書籍において定冠詞の占める割合は全単語の約7%と言われており、約14語に1回の割合で現れるのです。つまり1文には1つの定冠詞が出現するくらいの割合となります。この頻出度の高い文法項目をおざなりにしてしまうことで起こるマイナス面は非常に大きいと言えるでしょう。
定冠詞の使用法は、母語話者にとっても難しい部分があるくらい奥深いものであることは確かだと思います。定冠詞についての書籍などをみるとさまざまな情報が入り組んでおり、高校生にすべてを学習させることは無理だと思います。しかしながら、上記で説明したような基本的な部分を数回の授業に分けて説明を行えば、定冠詞におけるミスの数を劇的に減らすことができると考えます。もう少し踏み込んだ定冠詞の使い方を生徒たちに教えていただければ、現状は大きく改善されると思います。
次に、可算名詞・不可算名詞の区別についてですが、これは「単語=意味」のみの語彙学習しかしていないことが原因だと思われます。単語には意味以外にも、その単語を使用する上で知らなくてはならない情報があり、学習者はそれを意味と一緒に覚えなくてはなりません。一つ一つの名詞を覚える際に、可算・不可算の区別に注意を向けるように指導していただければ、生徒の中にその意識が芽生え、英語を使うときにも名詞を正しく使えるようになると思います。例えば、授業中に「I like apples. となっているけど、こっちでは I like watermelon. となっていて複数形になっていないね。どうしてだろう?」というように、生徒に考えさせる授業を展開していただければ、可算・不可算の区別に関する意識が生まれるのだと思います(スイカは通常一人で食べきれないので物質名詞として扱う場合が多いのです。複数形にしても間違いではありませんが、多少不自然な文になります)。
2回目のコラムでは、新入生が大学に入ったあとに苦労する文法項目2点に焦点を当て、その詳細、原因、そして対処法をお話ししました。定冠詞と可算・不可算の区別について、しっかりとした知識が定着していないと、大学で高度な英語を使いこなすことに支障が出てきますので、授業の時間をある程度割いてご指導いただければと思います。
これらの文法ルールは、母語話者であれば自然に身に付くものですが、日本人学習者にとっては覚えるのが難しいということもあり、教壇に立つ先生自体が教えることを躊躇してしまっている場合もあるかもしれません。しかしながら、本当に必要な情報のみを取捨選択し集中して指導することで、多少の間違いは犯すかもしれませんが、いままで知らずに間違ってきた部分の大半を修正することができるのです。今回扱った2つの文法項目は、どちらとも英語の根幹にかかわる部分ですので、是非ご指導いただければありがたいと思っています。
萓 忠義先生
学習院女子大学 教授。学習院女子大学 語学教育センター長。応用言語学博士(Ph.D. in Applied Linguistics)。
上智大学外国語学部英語学科卒業後、同大学院を経て、米国北アリゾナ大学にて博士号を取得。東京大学、早稲田大学、立教大学、上智大学、国際基督教大学などでの英語教授経験もあり、応用言語学に関する知識を活かし、効率的な英語学習法を提唱している。国内外で英語教育に関する研究発表や執筆活動も多く、学研教育出版、桐原書店、くもん出版などから英語4技能に関する著書も出版している。