使える語彙を身に着けよう

第1回:大学生の英語の語彙力

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近年、大学の英語教員からは、「新入生の英語力が年々低下しているのでは?」との懸念の声が多く聞かれるようになりました。本シリーズではその問題点に焦点を当て、私が大学教員として、どのようなときに学生の英語力の低下を実感するのかを、具体例を交えながら説明していきたいと考えています。ここで提供する見解は、具体的なデータに基づくものではなく、これまで15年以上にわたり東京都内のいくつかの大学で教鞭を執ってきた経験から得た私の洞察に基づいています。また、英語教育の専門家として、日本の大学生が直面する英語の問題点を深く掘り下げ、その考察結果を皆さまと共有したいと考えています。さらに、これらの問題を改善するための可能性をお示しすることで、高等学校の先生方にとっての参考になれば幸いと思います。

このコラムの初回では、大学1年生の語彙力に焦点を当て、どのような問題点が存在するのかについてお話しします。高校卒業後、大学に進む新入生の語彙力は、残念ながら理想的なレベルには達していないのが現実です。これらの語彙に関する問題点を明らかにし、高校時代にどのような対策を取るべきか、そして大学に進んだのち、高度な英語学習をスムーズに続けられるような支援はどうあるべきかについて、一緒に考えていきたいと思っています。

大学の語彙力の問題点

大学に入学前の高校3年生が習得しているべき語彙数は、学習指導要領に基づくと4,0005,000語程度と言われています。しかしながら、実際のところは、大学の新入生はここまでの語彙力を備えているとは言えないのが現状です。高校3年時にはある程度の語彙力は備えていたかもしれませんが、大学入学後までその語彙力が維持されていないようです。

コミュニケーション重視のカリキュラムが導入されているはずの現在も、多くの高校では、大学入試や英検などの試験対策として、単語の量を機械的に増やすことに焦点が当てられています。その結果として、生徒たちは語彙を詰め込むような学習法に追われることが多くなります。しかしながら、受験を経たあと、多くの学習者は試験対策で覚えた語彙を忘れてしまい、本来身につけているべき語彙力を維持できていないのです。試験に向けた詰め込み学習は、情報を短期間記憶させることには適していますが、持続的な記憶として定着させるには向いていないのです。つまり、せっかく覚えた単語を長期記憶に移行させることなく、受験後はそのほとんどを忘れてしまっています。こうして、大学入学時の語彙数は大学教員が期待するよりもはるかに低い状態になっているのが現状なのです。

さらに問題なのは、学習者たちが語彙情報を部分的にしか理解していないことです。試験対策を重視した学習法においては、単語の持つニュアンスや用法を理解するよりも、主要な意味を書いたリストを暗記することが目標となりがちです。その結果、語彙知識が断片的で散漫なものになってしまい、実際に英語を使用する際に、上手く単語を活用できない状況が生じるのです。例えば、provide という単語の意味を大学1年生に聞けば、おそらく「与える・供給する」とすぐに答えられることでしょう。しかしながら、この単語を使用して文章を作るように指示すると、ほとんどの学生が文章を作ることができません。以下のように、この provide という単語は同意語のgiveとは使用方法が異なります。

●give(動詞:与える)の使用方法
give + 人 + もの
give + もの + to + 人

●provide(動詞:与える・供給する)の使用方法
provide + 人 + with + もの
provide + もの + for + 人

この provide では、with for という前置詞を使用した形で文章を作成しなくてはなりません。学生たちは、断片的に provide = 「与える・供給する」としか覚えていないため、大学におけるスピーキングやライティングのクラスで苦労することになるのです。

以上をまとめると、大学1年生の語彙力の問題点としては、

  1. 詰め込み式学習の影響で、十分な語彙力を維持できていない
  2. 語彙知識が断片的であるため、実際に単語を使用することができない

という2つの点が挙げられます。

ご存じのように、どの英語活動を行う上でも語彙力は欠かすことのできないものです。大学に入学後、学生たちが困ることのないように、また、大学レベルの高度な英語活動を行う上で支障をきたさないように、高校時代にしっかりとした語彙力を身につけていることが必要なのです。

大学入学後も語彙力を維持できる方法

まず、大学入学後も単語を忘れないためには、詰め込み式以外の語彙学習法の導入が不可欠です。もちろん、受験や英語外部試験対策のために、必要に迫られ、詰め込み式の語彙学習が避けられない状況もあるかと思いますので、この学習法自体を否定するつもりはありません。この方法は応用言語学で「意図的語彙学習」と呼ばれており、単語帳などを使って機械的な暗記を行う場合でも、一定の効果があるとされています。短期間で大量の単語を覚えるのには効果的ですが、単調な作業であり、文脈などの情報が少なく、長期記憶に残りにくいという欠点が指摘されています。

実は、単語の学習法の分類にはもう一つ「付随的語彙学習」と呼ばれるものがあります。言語活動を行う中で、単語を自然に、無意識のうちに覚えるという学習法です。例えば、高校生が「貧困問題」に関する本を読む中で、意図的に覚えようとしなくても、poverty, unemployment, starvation, food bank, fair trade などの頻出単語を自然に学習することがよくあります。この学習法は短期間に多くの単語を学習することには不向きですが、意図的語彙学習とは異なり、文脈のある英語活動の中で無意識に単語が身につくので、長期的な記憶に残る傾向が強いとされています。

単語帳などを使う意図的語彙学習は、多くの高校で採用されている学習法かと思います。これに加え、是非、付随的語彙学習を意識した授業づくりをしていただければと思います。授業中に行う英語活動の中で、英語を使って生徒に深く考えさせ、何度も同じ単語に出会うような授業づくりをしていただければ、付随的語彙学習は必ず促進されるはずです。

使える語彙を増やす学習法

実際の状況で単語を使用することができないというのも、大学1年生にはよく見られる傾向です。高校生が広く行っている、従来型のスペルと意味を覚えるだけの語彙学習法では、大学に入学後、英語の授業で苦労することになります。この方法ではリーディングやリスニングの内容を理解することは可能ですが、スピーキングやライティングには、単語の使い方に関する知識が必要となるため、使うことを意識した語彙学習が必要になるわけです。

この問題を解決するためには、高校の授業において、単語知識の断片的な暗記だけでなく、実際に語彙をどのように使うべきかを指導することが重要となります。応用言語学ではスペルと意味以外にも、以下のように単語を使う上で必要な知識として数多くの語彙構成要素が挙げられています。

単語の構成要素:
スペル、意味、音声、発音記号、品詞、原義、同意語、反意語、対義語、関連語、類義語、接辞の情報、コロケーション、文法的機能、言語使用域、例文など

上記の項目を、一つ一つの単語について全て覚えなくてはならないというわけではありませんが、スペルや意味などの項目以外の構成要素にも注目することが重要になります。単語を使うのだという意識をもって学習することが大切なのです。前述の provide という単語も使うことを意識して覚えれば、「provide + + with + もの」「provide + もの + for + 人」という形式まで覚えることになり、結果として、この単語を使用できるようになります。また、例文などを覚えることにより、provide は「必要なもの」を提供するという意味を持っており、その点で give とは異なっていることを自然に学習できます。

さらに、単語を使用する上で必要な知識を覚えたあとは、その単語を使う練習をすることも不可欠です。自ら単語のアウトプットを繰り返して、その単語を使った発話が自然な形でスムーズに行われるようになるまで、実際に何度も口に出して反復練習を行うことが重要となります。さらに、例文を交えて実際の文脈での単語の使用法を学ぶことや、ディスカッションやディベートなどの活動を通じて、新しい語彙を使った表現力を養うことも有効です。

まとめ

初回のコラムでは、大学生1年生の語彙力に焦点を当て、「持続的な語彙力の維持」と「実際の単語使用法に関する理解」の2点に課題があることを示しました。また、これらの問題点を克服するためには、従来型の「意図的語彙学習」に文脈の中で自然に単語を学ぶ「付随的語彙学習」を組み合わせることが重要であることと、単語のスペルと意味だけではなくその他の語彙構成要素も意識しながら学習することが大切であることをお伝えしました。英語を単なる教科としてではなく、実際の使用を伴うコミュニケーション・ツールとして捉え、英語を活用する機会を増やす授業展開を行うことが高校でも必要と考えています。

この記事の執筆者

萓忠義(かや ただよし)先生写真

萓 忠義先生

(かや ただよし)

学習院女子大学 教授。学習院女子大学 語学教育センター長。応用言語学博士(Ph.D. in Applied Linguistics)。

上智大学外国語学部英語学科卒業後、同大学院を経て、米国北アリゾナ大学にて博士号を取得。東京大学、早稲田大学、立教大学、上智大学、国際基督教大学などでの英語教授経験もあり、応用言語学に関する知識を活かし、効率的な英語学習法を提唱している。国内外で英語教育に関する研究発表や執筆活動も多く、学研教育出版、桐原書店、くもん出版などから英語4技能に関する著書も出版している。

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